氷の心臓
ネタバレします。読みたくない人はお引き取りください。
2008年に日本で出版されたドイツのカイ・マイヤーさんの本。一気に読み終えたので感想を残しときます。
氷の心臓を奪われた雪の女王が、奪った魔法使いを追ってモスクワにきて、2人は同じホテルに滞在する。そこで生まれてからずっとそこで働いている少女がどっちの言葉にも揺れながら物語が進んでいきます。
今までも内容盛り盛りな作風でしたが、こちらも例に漏れず盛り盛りでした。舞台はロシア。しかも冬の極寒ホテル。ワクワクする設定でしたが、なぜか生かし切れなかった感あり。
カイマイヤーさんの作風として、あまり人物をイキイキと魅力的に見せることより、風景や情景を細かく描き、外堀を埋めることに注力します。今回は主人公の女の子マウスが、どういう子で、きっとこういう場面ならこうするだろうと、もっと魅力的にじっくり積み上げていく必要がありました。マウスは男の子みたいで、何でか嫌われてて、盗みをするし、嘘もつくしで、普通に考えてあまり応援したくないというか、世界を救うのは君じゃない感があります。
というかどういう子なのか最後までわからなかった。
前回の海賊ジョリーの冒険がめちゃくちゃ面白かった分、残念でなりません。
雪の女王と魔法使いタムシンの戦闘シーンは見えないとこで起きて終わってて、その後突然かけつけたタムシンの兄弟が逃げる雪の女王と戦う場面も一切描かれなかったのはさすがに酷いというか逃げたと捉えられても仕方ないと思います。
ハングマンももったいない使い方でしたね。実は無政府主義者のレジスタンスだったというオチは最初から決めてたはずなのに、イマイチ生かし切れなかった。あっさり何もどこにも影響を及ぼさずにタムシンに殺られるなら特に必要なかったと思いますね。せめてマウスと最後は向き合って、自らの口で全てを明かし、マウスを抱きしてから死ぬとかじゃないと、何のために不気味でイヤな嫌われ役をやらされてたのか分かりませんよね。
ククシュカ1人いれば、実はスパイなんですってどんでん返しは十分だったかな。
少ない登場人物ほぼ全員がどんでん返しをもっているってのがバランス的にあり得ないよな、つまり非現実的に写り、没入感を削がれた感じがします。
狭い閉ざされた世界から内側と外側を破り、マウスが自らの意思で新たな世界に飛び込む。それが全てでこの物語は描かれています。
閉ざされた世界がホテル・オーロラ。内面打ち破るシーンはタムシンのシルクハットから氷の心臓を取り出す際に打ち破った7つの門の魔法。
惜しいなー。もったいない一冊でしたね。キャラが勝手に動くくらい、しっかりと人間味を描かれなかったのは今回カイマイヤーさんの力不足ですね。
前回のカリブや海、深海と違い、雪に覆われたモスクワを描写するには表現力にも限界があり、言葉にしても読者がどこまで違いを見出し、想像できたのか。疑問が残ります。
冒頭の雪の女王の城の描写とその後の雰囲気が違いすぎるので、冒頭を読んで期待して読み進めた身としてはスカされた感じです。
恐らく、作者的にも思い描いていた7割くらいの出来なのではないでしょうか。きっと上・下巻で分けていればちょうど良かったのかも。
ただ表現力は流石ですの一言。圧倒的な場面描写はカイマイヤーさんのファンなら読んで損はないです。この仄暗く、雨に濡れたような冷たさを醸せるのはカイマイヤーさんならではですから。
海賊ジョリーの冒険 3部作
海賊ジョリーの冒険 3部作
ついに読み終えました。
今の感想は、ほっと胸をなでおろしているところです。最初の1巻目を読み始めた時にはこんなに大きな話になるとは思わなかったし、こんなにハラハラドキドキされられるとも思っていませんでした。
正直、最後はもう海賊ジョリーの冒険ってタイトルに合ってないです。
海賊感があったのは最初の1巻目くらいで、その後のエレニウム辺りからはミズスマシの力と運命、世界を救えるかというビッグな話にずっとフォーカスされていたので、誰もジョリーのことを海賊として見てなかったし読者も忘れていたはずでしょう。
むしろタイトルで相当損している図書だと強く思いました。
なんでこんな子供っぽいタイトルになってしまったのか。30代である私なんかからすると、いい歳したおっさんが海賊ジョリーの冒険という本を手に取るのは多少勇気がいります。
ガンバの冒険とか、トムソーヤの冒険とか海賊、冒険って子供が好きそうな単純なワードに、ジョリーっていう女の子の名前って本当にターゲット間違えすぎてます。
いや、もしかしたらターゲットはもともと中学生向けになっていたのかも。それはそれで問題で、実際小、中学生が読むには難しい内容だと思います。せめて高校生以上からじゃないと想像力が追いつかないかもしれません。
こんなにも想像力豊かで、人との関係性や心理戦、戦術、謎解き、恐ろしくも心を惹きつける深海での光景…日本人には絶対に描けないようなセンスと発想で練りこまれた内容だからです。
ひょっこりひょうたん島的なかわいい感じじゃなく、映画パイレーツオブカリビアンのあのダークさをもった、ラムの酒臭い息遣いが常に漂う作品でした。
作者のカイ・マイヤーさんはパイレーツオブカリビアンを参考にしているか、もしくは映画からインスピレーションを受けているかもしれませんね。
展開全てが脳内で映像化しながら読めて、不思議と本を読み終えたのに、1本の大作映画を見終えたような感覚です。この作品は映画化したらとんでもない名作になるポテンシャルを秘めてます。
悪役として登場する人食い族の王である海賊タイロンがエレニウムに津波が押し寄せて死んだと思っていたら、ウォーカーやソールダッドの前に現れて戦うシーンなんかはハリウッド的なベタ展開ですが、逆にあまり児童書では見なかった演出な気がします。
最後にアイナはどうなったか気になりますね。またクライマックスでのマールシュトローム内部にいたマーレ・テレブロズム(暗黒の海)からの怪物が何だったのかなど謎も多いです。
大鯨のジャスコニウスに飲み込まれたクラバウターの主で、クラゲと同化した2人目のミズスマシの少年は結構あっけなく死にすぎな気がしますし、物語のキッカケとなったバロンたちへの毒蜘蛛の罠、そしてタイロン側への寝返りの理由などもう少し描かれても良かったかなと…
海底でアイナがジョリーをクラバウターの巣に閉じ込めた理由もイマイチ曖昧だし、クラバウターの母はあそこから出られたのか、犬の頭を持つブエナベントゥーレは何者なのか、木食い虫はエレニウムのもつ不思議な力があったからこそ蛇神になったのか、そもそも初めて会った時にウォーカーたちが木食い虫だとすぐ気づいたということはよくいる存在なのか、普通ならサナギの後どうなっていたのか、蛇神になっても実はまだ変態の途中とされていたけど完全体はどんな姿なのか…など色々気になります。
原初の父も結局死に損でしたしね。死ぬ意味まったくなかった…自分の作った世界が壊れるのを見たくないと言って死んだけど、エレニウムの神々を復活させる前にムンクとジョリーがミッションを成功させて世界の危機を退けてしまいましたからね。
あと30分待っていたら死ぬという選択を取らずに済んだのに…
ただ、世界を救う物語はたくさんあるだろうけど、決して大きな国同士が争う必要はなく、カリブ海という小さなフィールドでも想像力を巡らせればそのようなテーマが成立するんだととても感心させられました。
ミズスマシという水面を歩けるという特殊能力で、最初はこれがどんなことに適用でき、どんな形で海賊として物語が進むんだろうとワクワクしていたら、実際水面を歩けることで活躍する場面はあまりなく、なんなら後半は水中で息ができて目も効くというどんでん返しの能力がメインでした。
けどミズスマシってワードは最高に素敵な和訳だったと思います。本場のドイツではなんて言葉だったんでしょうね。
ミズスマシってのはもちろん水中にいる虫の名前です。つまり最初からジョリーやムンクが水中に適応できることが暗示されていたということです。だって、ただ水面を歩くだけならアメンボと呼んだ方がふさわしいですからね。
ちなみにドイツではベストセラーになったそうで、なのに日本ではなんでこんなにも売れてないのか不思議です。
きっとタイトルのせいでしょうね。もったいない。
ミズスマシが操れる貝の魔法はキーワードながら最後までよくわからずじまいでしたが、ムンクとジョリーの関係性はずっとハラハラさせられ、作者の掌の上で転がされましたね。
グリフィンは嫌いでしたね〜チャラついたウザいこいつさえいなければ、もっと事がスムーズに進むし、ジョリーとムンクがミッションに集中できるのにと…。
まんまと作者の思う壺でしょうが、早く死なないかなと思っていました。ただ、最後の方には男気溢れるキャラに成長したのでジョリーとの仲も認めざるを得ませんでしたが。
本当に心が出来上がってないとトラウマになるくらいのダークな世界観です。
人間が持つ水への恐怖心。これは原始時代より体温を奪われて死なないようにという人類の本能からきていているものでもあります。
さらに足のつかない、底の見えない海の底への恐怖心。冷たい海に大きな未知の生物が潜んでいて、引きづり込まれるんじゃないかという想像を巧みに利用し、全体的にずっと妙なリアリティがありました。
夜の海に好んで入る人を知っていますか?誰も禁止されたわけじゃなくても夜の海に入ってはいけない、危険だと本能的に知っています。
ジョリーとムンクは最後、その夜の海の底をずっと進むことになります。その恐怖心は計り知れないでしょう。
ストーリーや登場人物は嘘だとわかっているんだけど、そこに描かれている恐怖心は本物と全く同じ。
だからずっとドキドキして海底にいるように冷たく息苦しいんです。
夜、寝る前に読んでいると、暗さからの恐怖と冬の寒さで、本当に体が冷たくなるので日中に温かい部屋で読むことをオススメします。
ただ、もしホラー映画を部屋をあえて暗くして見たいというタイプの人なら、雨の日の夜に読むとより臨場感が味わえ、この本の魅力を最大限楽しみことができるでしょう。
これまで児童文学が好きで、20年以上色んな本を読んできましたが、これは本当に自信を持ってオススメしたい一冊です。
作者カイ・マイヤーさんのダークさと想像力がここまでハマった作品は他にはないと思います。ドキドキワクワク…そんなベタなフレーズが本当にぴったりな作品です。三部作なのでたっぷり楽しめ、尻つぼみせず面白さは加速します。面白さは約束します。
騙されたと思って是非大人の方、読んでもらいたいです。