児童文学概論

ヤングアダルトジャンルを読み、感想を示します。個人の駄メモです。ネタバレあり要注意。

魔法があるなら

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デパートに住んでみたい。小さい頃にそんな想像をしてみたことがあると思う。

しかも、閉店後まで店内に隠れて、誰にも気付かれずにそのまま自分だけが店内に残るなんて想像しただけでとってもワクワクすることだ。

しかし、よく考えると、セコムのような警備システムがあるから警報機が鳴ったり、警備員が巡回していてすぐ捕まるし、何かを盗むという目的がなければ長時間滞在しても意外とメリットがないとすぐにわかる。

だからこそ、この本がそんな夢のような話をかなえてくれる。

舞台はイギリス。老舗の高級デパートであるハロッズの重厚感に、セルフリッジの多様性を足したようなスコットレーズデパート。ありそうな名前だが、実際には存在しない架空のデパートだ。

そこに親子3人がこっそり住み着いて、色々と物語が展開される。

物を盗みたいわけではなく、貧しくて行き場がないため、止むを得ず住むわけだ。しっかりした長女は見つかるとまずいから反対し、能天気な母親にイライラしながらも幼い妹と親子3人で離れずにいられるように何とかがまんする。

なぜかクリスマス的な雰囲気が漂うとても暖かい物語で、映画ホームアローン見ているような気持ちになる。

きっとそれは、長女リビーの語りで物語が回顧録的に進むからだ。子ども目線で物事を見て考えるのだが、全然大人の思考と変わらない。むしろ、このとき母親はどういう気持ちだったのかなと、アナザーサイドストーリーが気になるし、ぜひ母親目線でももう一度描いてほしい。

ちなみにこの「魔法があるなら」は実際にテレビ映画となってイギリスのBBCでクリスマスイブに放送されたそうだ。

映像版もとても面白そうだと思う。きっと誰が見てもワクワクする暖かい物語なんだろう。

この本は珍しく、食への描写が多い。割と児童文学だと、食べ物食べるシーンが少なく、こいつらパンとチーズを昨日の夜かじって以来ずっと食事シーンがないけどよく体力持つな、なんてこっちが心配になるくらい忘れられがちだ。

特に美味しそうに食べ物を見せるというアプローチは海外の本だとほとんど見られない。ストーリーが優先で、食事はあくまで生きるために最低限の取るだけのものという位置付けである場合が多い。

この感覚の差は我々日本人と海外の人の差かもしれない。だって日本人は食べるのが本当に好きだから。この本では、色んな料理、食べ物が出てくるがどれもとても魅力的で美味しそうに描かれる。

デパートの中で手に入る食事。それは食品売り場で売られている、いや残っている期限切れのもの。フィッシュパイやバニラヨーグルト、ピザなどありきたりなものだけど、ある意味無人島で食べているような感覚なので、想像するだけでお腹が空く。あったかくて量があるだけでこの状況なら幸せだろう。

ありとあらゆるデパートで暮らすための可能性を講じながら、1週間以上主人公たちは暮らすため、この本を読めば自分もデパートで暮らすことができるんじゃないかと思える位よくできている。さながらデパートに住むためのマニュアル本とも言える。

アマゾンの奥地やジャングルに行かなくても、ピラミッドの奥に隠し通路を見つけなくても、近くでこんな心踊るような冒険がある。おもちゃを独り占めにして、好きなテントで寝て、お店のアイスを好き勝手食べて、常に最高品質の物に囲まれて。だけどそれでも本当の幸せにはなれない。

狭くて、物がなくても、安心して好きな時にいつでも、好きなだけいてもいい家があること。そして家族がいること。

お客として特別な気持ちで特別な場所、スコットレーズデパートにいけること。それは自分たちも一緒であり、大切なことだと思う。