児童文学概論

ヤングアダルトジャンルを読み、感想を示します。個人の駄メモです。ネタバレあり要注意。

顔をなくした少年

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「穴」で知られるアメリカのルイス・サッカーさんの作品。

正直、胸をえぐられるような、嫌な記憶が蘇るような作品である。

子供から大人に成長する過程で、誰もが通るジレンマというか、もがきがとてもリアルに描かれている。

日本人でも共感できる人は多いのではないだろうか。アメリカか舞台の作品なのに、どこの国でも結局同じなんだなと思った。

小学校の時にずっと一緒に登校して、学校が終われば一緒に帰り、どっちかの家で遊んで…みたいに仲の良かった親友が、中学に上がると急に目立つタイプのちょっと悪いやつらと話すようになり、そいつらのグループに入る信頼を得るために、ダサい昔の友達を避けたり、いじめたりする。

そんな経験、みんなあるはずだし、自分はなくても見てきたはずだ。

アメリカ的にいえば、ダサいオタクかクールなやつかのふたつだ。

主人公はダサいやつってことではないが、クールではないタイプ。

ティーンネージャーのドラマを見ているような1冊だ。

だから、とてもイライラする。不甲斐ない昔の自分を見ているような気持ちになり、ガツンと嫌なことは嫌だってハッキリ言ってやれ!と叫びたくなるだろう。

まるで映画のバックトゥーザフューチャーで、いじめっ子たちに逆らえない主人公を見ているのと同じ不快な気分だ。

当然、その不快な気持ちは最後にスカッとさせるための長い長いフリである。

この作品でも最後はスッキリさせてくれるのだが、男女の恋も絡んでいるので、とても羨ましいラストになっている。

ある意味これこそがファンタジーとも言える、男性ならきっと羨むエンディングがイライラの最後に待っている。

途中まで、これは何を読まされているのだろうと思うはずだ。

タイトルにある「顔をなくした」という意味は、平たく言えば、面目をなくしたということである。

周りに合わせたり、トラブルを避けたり、自分に言い訳ばかりしていたら、顔をなくす、つまり自分がいなくなるのと同じなんだと気づく。

今生きている人でも、思い当たる人は多いのではないだろうか。そんな人は一度この本を読んでみてもいいかもしれない。

ずっと自分を持って、強靭に生きてきたという人は読まなくていいが、そんな人はきっと少ないだろう。

骨董通りの幽霊省

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イギリスの作家アレックス・シアラーさんの作品。ここまで幽霊にぴったり焦点を当てて書かれた作品は、同じくイギリスの作家ジョナサン・ストラウド氏の「ロックウッド除霊探偵局」以来だ。

イギリスでは日本のように幽霊が身近な存在であり、テーマモチーフになるのだろう。

やや大人が読むには捻りがないというか、品行方正すぎるというか、よく言えば分かりやすくてスッキリ読みやすかった。

幽霊省というアイデアですでにある程度の面白さは担保されており、あとはあっと驚くどんでん返しを用意さえすれば良いというのは素人目にも分かるものだ。

まさにその通りの流れなのだが、オチである、幽霊省で働く職員全員がすでに死んでいて幽霊だったという肝の部分は、もう少しうまく隠して欲しかったとも思う。

早い段階であれ、コレはそうなのかなと匂わせていたので、オチが想像できてしまった。ただ、特定の1人が幽霊なのかなと思っていたので、まさか全員とは思っていなかった。ある意味、ちゃんと裏切られたのだが、もう一つ残念なのが、幽霊を探すアルバイトとして雇われた男の子ティムと女の子トラパンスについて。

ほぼこの子たちが主役なのに、あまりキャラクターが深堀されず、魅力があまりにも表面的だったことが悔やまれる。

また、もう少し幽霊探しにおいて、可能性を示唆して欲しかった。ずっと幽霊は見つからない、いないという前提で展開されすぎて、期限のカウントダウンがされていのにハラハラしないのだ。

幽霊はいるし、目の前に現れるけど、どうやって捕まえたらいいか分からないという前提にした方が、展開がよりダイナミックになったはずだ。

その点では、ロックウッド除霊探偵局には巧さは及ばないが、幽霊と一緒に仲良く住み続けるという苦し紛れとも思える最後のエピローグは嫌いじゃないし、これがないとオチ頼み過ぎて余計に安っぽくなっていたかもしれない。

そういう意味で、全体的には悪くなく、読んで損したとは思わない良作だと思う。

魔女と暮らせば

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とても面白かった。今まで読んだダイアナ・ウィン・ジョーンズさんの作品の中で1番面白く感じたかもしれない。

なぜか随所から「ハウルの動く城」の感じが醸されていたが、それもまた悪くない。

姉のグウェンドリンと弟のキャットの姉弟が両親が亡くなったことから親戚の大魔法使いに引き取られ、かなり良いテンポで物語が展開する。

ネタバレになるが、まさか姉のグウェンドリンがあんなにも悪いやつだったとは意外だった。いや、悪いというか身勝手で自己中心的というべきか。さすがに自分のためであり、そそのかされたとはいえ弟を殺してしまうことに賛成するというのはあり得ないのではないだろうか。

また魔力を弟からこっそり貰っていたなら、弟が死ねば魔法が使えなくなっただろうし。

大魔法使いに引き取られるまでの前半、大魔法使いの城に行ってからの反抗、姉が別次元の世界のもう1人の別の自分と入れ替わってからの中盤、大魔法使いの秘密に関して敵とごちゃつく後半。ずっと飽きず、ハラハラされられた。

この作品は1978年にガーディアン賞を受賞しているが、2018年に読んでいても全く魅力が色あせていない。こういう作品に巡り会えるのも出会いであり、読書の楽しみだなと改めて感じさせられた。

七つの封印 4 黒い月の魔女

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カイ・マイヤーさんによる七つの封印シリーズ第4弾。相変わらずの読みやすさだか、絶体絶命からのドンデン返しにはそろそろ飽きてきた。

やはり魔女や魔物と戦うのに、ただの特殊能力のない子どもでは知恵にも限界がある。敵は子どもだろうと殺そうと本気で向かってきているのに、逃げ回るだけでは面白みにもかける。

漫画ワンピースのごとく、敵が近づいて腕の印が反応した際くらいは、敵を倒す能力が発動してもいい気がする。そのほうが、ずっとワクワクするだろう。

もちろん、名探偵コナンのごとく、力はなくとも知恵で解決してもいいが、毎回思いついたプランが失敗することなく上手くいくだけでは芸がなさすぎる。

舞台であるドイツでは月のクレーターの模様がウサギではなく、薪を背負った男に見えるとされているそうで、その薪男と主人公たちは今回戦うことになる。

イデアや発想、展開は見事だ。このシリーズは児童向けのため、文字数がかなり少ない。相当テンポよく飛ばしていかないと書きたいことが良いバランスで尺に収まり切らなくなる。

毎回、物語の導入には驚かされる。自然な流れで無理なく読者に設定を受け入れさせる。そのままノンストップでラストまで駆け抜けるのであっという間に読み終わる。

ただ、先ほども言った通り、そのパターンに頼りすぎだ。軽さをどこまで払拭し、深められるのか。今後に期待だ。

歩く

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「穴」(1998年)で一躍有名になったルイス・サッカーさんの作品で、穴シリーズの3作目であるこの「歩く」(2007年)。

「穴」は出た当時すぐに読み、あまりの面白さに衝撃を受けた作品だ。ただ、その後、映画化もされたが、それも見ず、最近まで思い出すこともなかった。

たまたま目について読み始めたのがこの「歩く」なのだが、また全然違った話だけど面白かった。シリーズなので、「穴」で出てきた登場人物や設定も少し出てくるので、やはり「穴」は読んでいた方がより楽しめる。

素晴らしいのが、主人公や周りの人たちがとても人間的に優しく、素直なので、安心して子供に読んでもらえる点だ。ただし、恋愛要素も入ってくるので、多少の英語3文字くらいは我慢しなければならないが、言葉だけでそういう変なシーンもないので安心してほしい。

この本を少年院に置いておけば、多少は真面目に生きようと改心する人もいるかもしれない。アメリカのリアルな退屈さと非現実的なスターや一部の人だけが受けられるセレブな生活が、巧みに混じり合い。魔法やドラゴンが出てこなくても、それが現代的なファンタジーとして成立しているのがお見事だ。

「穴」にあった棘はなく、とにかく素直な作品である。

ボディガードであり、歌姫であるカイラから最低に嫌われているフレッドは、実はカイラの本当の父親で、ずっと近くで見守っていたというオチなのかなとも思ったがどうなのだろう。

また、何年後かに主人公とカイラが出会い、一緒になれるといいなと不思議と思ってしまう珍しい作品だ。普通、男女の恋愛が描かれると、別れてくれて良かったとなぜか思ってしまうものだが、この作品は違う。

語感やテンポもよく、感情にも常に共感でき、とても読みやすい良作だ。

次は読み飛ばした「穴」シリーズ2作目である「道」を改めてちゃんと読もうと思った。

魔空の森 ヘックスウッド

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ざっくり言うと、ある森の周辺で起きた異変から物語が始まり、次々と意外な事実が明らかになってくるという話。


世界を救うわけではないが、悪いやつをやっつけて新しいまともなやつに取って代わるという感じ。

正直、かなり読みにくかった。物語の進行スピードがとても遅く、さらに時空までネジ曲がったり、人の記憶まで操られるものだから、何が事実なのかわからないまま、読者はその情報を一生懸命抱えて、たらい回しにされるからたまったものじゃない。

さすがに最後の方は、情報を抱えるのをやめて、もう読んでいるだけに近いときもあった。それくらいたっぷり時間をかけて読まなければならいほどボリュームが多い。

伏線もラストに明らかになる大きなものを除いてほぼないので、あまり考えずに読んでも問題ない。

レイナー一族が何なのか、結局あまり描かれなかった。これは読者に想像して欲しくてあえて情報を少なくしていたと思うが、個人的には少なすぎた。もっとそこを膨らませないと、戦う意味や守る意味が薄っぺらく感じた。あっけなく死にすぎだし、なぜそうしていたのかが本当に不明だ。ほぼ、村人1みたいに何の特性も恐怖も感じられない様は、ある意味斬新だった。

逆に言うと、だからこそ面白いのかもしれない。日本人ならきっとそこをある程度きっちり丁寧に書いてしまうだろう。あくまでファンタジーであり、小難しい設定や理由なんて必要ないのだ。

子供の頃、頭の中で想像して物語をただただ楽しくつないでいっていた感覚。まさにそれがファンタジーの原点だと言えよう。

頭の中で王様から騎士、庶民に奴隷を作り出し、それらが次々と自分に語りかけてきて、1人だけど頭の中で会話していた経験のある人は多いはずだ。それがこの物語の肝となっている。

騎士ならドラゴンを倒すし、城にはキレイなお姫様がいて王子様を待っている、独裁的な権力を握るやつは倒すべき悪者であり、人間はちっぽけで森や自然は大きく尊い。そこに理由なんてない。ルールだからだ。

魔空の森というタイトルに相応しく、読む者の頭の中までねじ曲げられる。そんな作品を描けるダイアナさんはさすがだと思う。ただし、ワクワク感は全くなく、作業ゲームに近い地味な作品といえる。

牢の中の貴婦人

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設定を把握しようとしているうちに最後まで来て、やっと状況を飲み込めたと思ったらあっさり終わった。

絶妙な配分である。まったくロマンチックさがなく、どこまでも現実的だ。

気付いたら幽閉されていて、記憶が曖昧で周りの状況すらわからない。そもそも知りたくても聞くことのできる、接触できる人間が限られているからパズルのピースをひとつひとつ手に入れて、どうにかくっつかないか気長に試し続けるしかない。

だからこそ、苦労して最後に状況やいま何が起きているかを知った際には、とんでもないご褒美や衝撃が待ち受けていると期待してしまう。しかし、現実はむしろ逆だ。閉ざされた空間で、ひとりで考えていると夢を見るようになるのかもしれない。私はどこかの国のお姫さまで、王子様と出会い、ここから私を助け出してくれると。

そんな女性の中にある少女のような気持ちを少し皮肉るように、うまく利用して物語に仕上げ、今では真似できないようなクラシックだけど新しい切り口の物語に仕上がっている。

主人公と同じく、読者までもが大事なキーワードを逃さないように、むしろ主人公より先に状況を理解してやろうと躍起になって本を読み進めるだろう。だからこそ尚更あっというまに終わってしまうのかもしれない。

ヨーロッパの修道院などでは昔から男児に対して性的な対象として見ることがあった。そういうキャラクターがこの本の中にも出てくるが、ロリコンともゲイとも違う、むしろ最も純粋で美しいことのように描かれている。いま読むととても不思議だが、それによりそのキャラクターの性格が一気に際立ち、輪郭を持つのが面白い。

作者であるダイアナ・ウィンジョーンズは日本だとハウルの動く城の作者としての印象がとても強いが、毎回異なるタイプの物語を巧みに描く。

それにしても囚われていた主人公は一体どこの誰だったのだろう。

ダークホルムの闇の君

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まず読み終わった感想を言わせて欲しい。なんて読み難い本なんだ。


内容や設定などは他に見たことないほど斬新で、さすがダイアナ・ウィン・ジョーンズさんといった感じなのだが、日本語訳があり得ない角度で酷い。きっとあえて日本でもあまり日常で使われていない言葉を選んでチョイスしているようだが、難しすぎる。私自身、色々と古い本も読んできたがこんなにも言葉を理解するのが難しく、読み進めるのに不安を感じたことはない。まるで日本語に訳された古文のようだ。

さらに、理解を阻む要因となっているのが、登場人物の多さだ。挿絵もほとんどない状況で、最初から覚えるのが不可能なほど普通の人間ではない、様々な特徴や肩書きをもつキャラクターが続々と登場する。誰が誰だかメモをとって早見表を作らなければ名前と人物を一致させることは至難の技である。主人公であるダークの子供がグリフィンだということを理解するまでにしばらくの時間を要したくらいだ。どのキャラクターが重要で頻出頻度が高く、名前を覚えなければならないのか。そこの見定めにはセンスが必要になってくる。逆にここまでユーザーフレンドリーじゃない設定は海外だから許されるのだろう。日本だと編集者が指摘して人数が減るか、名前を出さないか、覚えやすい名前に変えるか、何らかの処置がされると思われる。

また、難しいことに、内容がビジネス社会の仕組みについても含まれている。つまり、商いの仕組みを軸にして物語が展開されるので、社会人なら自ずと理解できるが、小中学生にはまず何が起こっているのか、何が問題なのか、事態に気付けないだろう。

だからこそ、この3つの難点を超えたときに得られるこの本だけの面白さは格別だ。読み終えたときに、妙な達成感があり、高揚感すら感じた。

まずは難解な登場人物の名前とどこの誰なのかを覚えることさえできれば、すっと読み進められるだろう。オススメする。

この本で印象的だったのは、会話のうまさだ。主人公である魔術師ダークの子供達の話す言葉は、まるで目の前で見ているかのごとく自然で、気持ちいいほどすっと入ってくる。わざとらしさがまったくなく、相手への深い感情まで言葉から感じられるくらいだった。これはむしろ翻訳者の手柄かもしれないが。

もしも魔法世界への体験ツアーに行けたらという風変わりなテーマを、テンポよく、良いラインの伏線を張りながら、会話で状況を表して展開する。最後はこのツアーを何とかやり遂げて終わりなんだろうと、読者は最初から分かって読んでいる。つまりゴールはひとつなのだ。だからこそ、飽きずにずっと緊張感を保つには、次々と事件や衝突が起きないと緊張感が保てない。実に設定で満足せず、よく考えぬかれた作品である。

残念なのは、間違いなく小学生にはこの本は読めないことだ。

メッセンジャー 緑の森の使者

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どこか人里離れた森の先にある、迫害された人たちが集まってできた村を舞台にして物語が展開される。


何とも言えない不思議な魅力のある作品だ。牧歌的でありながら、偽善的ですぐに崩壊しそうな危うさを含む。どこか新興宗教の人たちの集団生活を見ているような感じだ。現実と違うのは森が意思をもっており、そこを通ろうとする人を容赦なく抹殺してしまうことだ。

その森を自由に行き来することができるのが主人公の男の子。タイトルの通り、村では中と外の世界を繋ぐメッセンジャーとして活躍している。村では誰もが何かしらの役割を与えられ、活躍しているという設定だ。

文章は分かりやすく、すぐに読み終えることができる。

ラストは多少そっちかぁと思うとこがあると思う。ただ、自然の厳しさや神秘さ、人々の持つ原始からの恐れのような部分をうまく取り入れており、詩のような世界観だった。

結局、災いの元凶ともいえる、トレードの元締めは、どのような能力を持ち、何を考えていたのか気になる。彼も何かしらの魔法が使えたのだろうか。いや、ここでは魔法ではなくハンター×ハンター鋼の錬金術師で出てくるような能力に近い気がする。

特にトレードには、手に入れたいものとそれに見合った対価、犠牲を払わなければならない。それは悪魔の契約なのかもしれない。契約することで、ある種の特別な力を得て、願いが叶う。

まさにラストがそうだった。何かを得るには何かを失う。

アメリカの作家ロイス・ローリーは人生における哲学や人間の力の限界、人々を惑わす本来必要ではないはずのガラクタ、自然への畏怖のようなものを美しく伝えたかったのかもしれない。

嵐の王 3 伝説の都

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長い冒険を終えた気分だ。ようやく長い悪夢から目覚めた気さえする。三部作のラストは前作である天空の少年ニコロに近い。世界を救う、変えて、みんなまたそれぞれの道に進み出すというキレイな終わり方。

そこまでには数々の修羅場や生命を賭けたシーンの連続だった。まさにノンストップ。登場人物は全員、誰がいつ死んでもおかしくない状況だった。

オチをざっくり言ってしまうと、嵐の王である童子が第三の願いを使って魔人を消し去り、世界に平和が訪れるというだけのこと。ただそれだけのことなのに、どうしてこうもハラハラと手に汗を握らせられるのか。何人もの人間が無惨に死に、何人の魔人が刻まれ死んだのか。

そもそも主人公ターリクの片目はいまいる世界とはもう一つの本当の世界を見る力以上のことはなかったし、ターリクの弟ジュニスはどうなったのか、魔人たちは何のためにどうやってガラスの大地を切り取り浮かして持って行ったのか、魔人は消えても魔物は存在し続けることは問題ないのか、アマリリスは椅子に座り何を願おうとしてたのか等、疑問に思うことはありすぎるくらいある。何たってあんなに大風呂敷を広げて、常にissueと謎を振りまき続けたのだから仕方ないことだ。

色々と荒削りで、あの設定やシチュエーションは必要だったのかと思う部分もあるが圧倒的に面白かった。海外ドラマを全シーズン見終えたくらいの高揚感と達成感を味わえるはずだ。

常に話が重く、終末観が漂う殺伐さに、読み進めるのが辛いことも多々あったが完走して損はなかった。むしろこれでようやく安心して眠れそうだ。

一つ残念なことがあるとすれば、これで作者であるカイ・マイヤーさんの本を最新刊まで読み終えてしまったことだ(2017年9月現在)。

つまりもうこれ以上の新作がなく、過去の本を漁るしかなくなった。厳密に言えば、カイ・マイヤーさんは割と筆が早く、本国ドイツではこの嵐の王の後、すでに数冊新作をリリースしている。それもかなり面白そうなシリーズものだ。ただ、日本での和訳及び出版がされていない状況なため、楽しむことができない。

どうか、早く新作を日本で読めるようにしてほしい。

第三の願い風に言うならば「願わくば新作よ早く発売されし」

七つの封印 3 廃墟のガーゴイル

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テレビゲームにしたら面白そうなストーリーだった。七つの封印シリーズの三作目。毎回、実は登場人物のキャラクターや個性を持ってストーリーを引っ張るということはあまりなく、敵を中心にブンブンとストーリーが激しく展開される。

だから基本的には防戦から反撃に転じるというテンプレとなっている。まあ子供対モンスターなのでそのパターンが王道であり、ここから外れたストーリーを描けば世間からは斬新だと高く評価されるかもしれない。

今回対峙することとなる騒動の相手はガーゴイルガーゴイルと言ったらもっと小さくて可愛らしいものを想像していたら全然違っていて驚いた。

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もはやこれは魔人であり、知っているバーティミアスのようなずる賢いタイプではなかった。ただ今回はガーゴイルが一体ではなく数え切れないほどたくさん登場し、全員が牙をむいて襲ってくるわけではない。むしろ、あまり攻撃はなかったくらいだ。

ガーゴイルというものは元々魔除けであり、雨どいを伝ってきた雨水を壁から這わすのではなく、少し遠くに吐き出すだすために工夫された彫刻だ。つまり、ガーゴイルを作る彫り師が存在するわけで、その彫り師との物語を含めた不思議な話となっている。

襲われて撃退というベタな作品をカイ・マイヤーさんが子供向きとはいえ書くはずがない。らしさ溢れる、少し胸がほっこりする作品だった。タイトルには廃墟とあるが、厳密にいうと廃墟ではない。もっと文化的、歴史的建造物なのでもう少し違った言い方が欲しかった。

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最後にこの写真を見てほしい。たまたま見つけたフランスのある場所の彫刻だが、前作の悪魔のコウノトリに、今回のガーゴイルが並んでいるように見える。これは偶然なのか、それともよくある組み合わせなのか、とても有名な彫刻なのか…詳しくは知る由ないが、とても興味深く、愉快だ。

不思議な尻尾

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表紙から完全に女児向けだなと思いながらも設定に惹かれて読んでみた。

その設定とは、その犬がシッポを振ると願いが叶うという割と単純なものだ。だからこそ、このベタな設定をマーガレット・マーヒーがどう料理して、何を伝えようとするのか気になった。

読み終わったいまの感想としては、まあまあ、ふ〜んといったところ。正直、特に盛り場もなく、少しだけ教訓が含まれていた程度だった。普通の日常の中にこそ、魔法のような驚きに満ちている。当たり前だと思っているからそれに気づかないだけだということ。

最後の方はなぜか、虎舞竜のロードの一節が頭の中で鳴っていた。「何でもないようなことが幸せだったと思う」と。厳密に言うと「幸せ」ではなく、「驚異、特別」が近いのだろうが。

最後のオチは何とも可愛らしく幸せな気持ちにしてくれて、つい犬を飼いたくなった。

途中ずっと願いを叶えることに調子に乗った主人公がどんなバカをやらかし、イライラハラハラさせられるのかずっと気になりながらページをめくっていたが、心配は無駄だった。良い子すぎてむしろありえないだろうという主人公のお陰でトラブルは何も起きなかったからだ。のび太くんとは違うのだ。物足りないといえばそうかもしれないが、個人的にはこれで十分だ。

国際アンデルセン賞を受賞し、マーガレットマーヒーさんの遺作となったこの作品。多くの作品を発表し、おばあちゃんとなったマーヒーさんが最後まで書きたかったのは、子供が安心して読める作品だったのだろう。宮崎駿さんとも同じだ。

子供向けなのは間違いない。大人なら1時間あれば読み終えるだろうし、難しいこともないのですべてさらっと頭に入ってくる。たまにたまごボーロを食べるとほっこり美味いように、たまにはこういうまっすぐな作品を味わうのも新鮮であり醍醐味だ。

七つの封印 2 悪魔のコウノトリ

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個人的に大好きなカイ・マイヤーさんの児童向けの作品。ただし、相変わらずダーク。日本の児童向けのファンタジー小説とはレベルが違う。日本の児童向けの作品は、怖いと言ってもドラえもん映画程度で、大人からすると全く怖くない。むしろイラつかされるのが普通だ。だって子供向けだから。

だが、この七つの封印は全く違う。それはあのカイ・マイヤーが描いているからに他ならない。子供はむしろ読まないほうが良いだろう。なぜなら非常に怖いから。今回このダークファンタジーに登場するのは、地獄から召喚された悪魔のコウノトリ。面白いのが、主人公の住む屋敷の中から一歩も外に出ないで物語が全て展開して終わる。悪魔のコウノトリからずっと屋敷内を逃げ、その原因を考えて破壊する。それだけの内容なのに、コウノトリが強いうえに不気味すぎる。対峙すればくちばしで一突きにされて殺されること間違いないという状況のなかで、ひたすら逃げるしかないというホラー映画さながらの展開。

まさに悪夢のよう。相当テンポが良いので1時間半くらいでサクッと読める。

ちなみに感想を書いてなかったが、もちろん、七つの封印一巻の大魔術師の帰還もすでに読んでいる。

その時から、敵が子供相手だろうと容赦なく殺しにかかってくることに驚き、度肝を抜かれた。大体その辺の捕まったらどうされるのかという部分は曖昧にするのがセオリーだ。鬼ごっこみたいに、捕まるのはなんか怖いけど、捕まったからといって何もないみたいな。そこが、このカイ・マイヤーさんの七つの封印は違う。捕まったら殺される。それが明確に表現されて描かれるからこちらとしてもヒヤヒヤする。

大人が読んでも、背筋がヒヤッとする良作だ。

ロックウッド除霊探偵局に通じる面白さがある。感想をブログとして書いていないが、このロックウッド除霊探偵局は最高に面白い。読んできた児童文学のなかで1番面白いと言ってもいいくらい個人的に気に入っている。

今のところその感想を書く予定はないが、気になる方は読んでほしい。絶対に後悔させないことを約束する。

嵐の王 2 第三の願い

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ドイツのファンタジー作家カイ・マイヤーの三部作のニ冊目。

タイトル通り、魔人イフリートが持つ三つの願いを叶える力。そのナゼか失ってしまった三つ目の願いを叶える力がカギとなって描かれる。

振り返ってみると相変わらず面白かった。強烈な性描写や残酷な殺人シーンは容認することはできないが、ストーリーはそれを凌駕してしまうくらい面白い。

不思議とずっと映像として頭の中に物語が浮かびながら展開する。本の中の文字と映像が、常にリンクしながら進む気持ち良さがある。それだけしっかり場面を描き、キャラクターを作り上げているから理解しやすく、同時進行可能なんだと思う。

まさにハムナプトラとアラビアンナイトが融合した作品だ。日本人にとってはどちらも慣れ親しんでいるので、この嵐の王シリーズは受け入れやすいはず。

相変わらず、魔人と嵐の王軍団が戦うシーンはハラハラさせられる。フィクションだと分かってはいるが、心のどこかで魔人に対する深い恐れを抱いているからだ。しかもこの魔人は残忍な上にかなり賢い。敵にまわすにはこれ以上最悪なやつはいないだろう。

途中のジュニアとマリヤムの性行為シーンは本当に気持ち悪かった。不快。まったくウンザリだ。かつての兄の恋人と寝ることで、物語に深い何かが生まれるのはわかる。だからこそ、そんな味の素に頼らずに、性を絡めずに、文章とアイデアで面白くしてほしい。漫画ワンピースやドラゴンボールみたいに、どんな魅力的でセクシーなキャラが登場しようと性行為を直接描くことはない。

こんな意見を言っていることは理解されないかもしれないが、本質がブレるのがもったいないし、これにより子供が読めなくなるのが惜しい。

本当に誰にもオススメしたい、日本人には絶対に描けない最高に面白い本だからあえて言わせてもらっている。

全体的にラストに向かって無理やりな感じもあるけど、走り始めた。あとはラストダンジョン、幻の都スカラバプールに行き、そこで真実を知り、魔人とバグダットで最終対決か。

三巻を読んだ後、また統括して感想を示したいと思う。

嵐の王 1 魔人の地

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ドイツのファンタジー作家カイ・マイヤーの三部作の一冊目。

毎回翻訳のレベルがとんでもなく高く、こちらもかなり引き込まれる内容だった。

中身の感想を言うと、まず面白かった。世界観としては進撃の巨人に似ている。魔法の暴走によって生まれた魔人によって人類は駆逐されそうになり、街の周りに壁を築きその中で生きていた。街の外の砂漠には魔人がいて、誰も生きては帰れない。そのまんま進撃の巨人だ。

そこに舞台やトピック的に映画ハムナプトラを足したのが、この魔人の地と想像してくれて大丈夫。

どうしても言いたいのは、46〜50ページという始まってすぐに、主人公の男ターリクと謎の美女サバテアの情事シーンが官能小説かと見紛うほど叙情的に生々しく描かれる。なぜか図書館で普通の本棚ではなく、書庫に入れられていたわけがわかった。

まったくこんなエロいシーンは必要ない。前作の天空のニコロでもそうだったが作者のカイ・マイヤーは隙あらば関係を持たせて、そこでの繋がりを引っ張り続ける。本当に不快だ。本当にいらない。こんなシーンが何のギミックになるのだろうか。大人の浅はかなシーン強調のアイテムのために、せっかく面白い作品が18禁になってしまっては、もったいなさすぎる。書庫にしまわれて、誰の目にもつかない。アメリカのように、いっそのことカットするなり、想起しない別の表現に変える工夫が必要だと思う。

大人向けの本ではなく、児童文学の中で突然そんなシーンが出てくるのだから、いい歳の大人が読んでいても不快だった。なおさら、若い子が読んだら悶々としてしまうだろう。

ちなみにタイトルに嵐の王とあるが、最後にちらっと出てくるだけで、次回からの本格登場になる。なぜ一冊目でこのタイトルにしたのか不思議だ。アマリリスの眼とか、天井都市とかの方が良かったのでは。

表紙に描かれた男性はどうみても映画ハムナプトラのリック・オコーネルだ。内面のキャラにしろかなり似ている。

内容はかなりダークというか、ずっと緊張の糸が途切れることがない。次に何が起こるのか、物語のスピードについていくのに必死になる。ただ、展開的にいつものカイ・マイヤーっぽい部分があるので、どのように落とすのか見ものだ。またこのパターンか、と言うしかないのか、新しい進化を遂げたと言えるのか。まずは2巻目を読んでまた判断したい。

とりあえず、もしこの作品が気になったなら進撃の巨人が好き、ハムナプトラやアラビアンナイトのような世界観が好きな人には強くオススメできる。ただ最初に男女の交わりのシーンがあるので、そこはあらかじめご了承願いたい。