児童文学概論

ヤングアダルトジャンルを読み、感想を示します。個人の駄メモです。ネタバレあり要注意。

嵐の王 1 魔人の地

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ドイツのファンタジー作家カイ・マイヤーの三部作の一冊目。

毎回翻訳のレベルがとんでもなく高く、こちらもかなり引き込まれる内容だった。

中身の感想を言うと、まず面白かった。世界観としては進撃の巨人に似ている。魔法の暴走によって生まれた魔人によって人類は駆逐されそうになり、街の周りに壁を築きその中で生きていた。街の外の砂漠には魔人がいて、誰も生きては帰れない。そのまんま進撃の巨人だ。

そこに舞台やトピック的に映画ハムナプトラを足したのが、この魔人の地と想像してくれて大丈夫。

どうしても言いたいのは、46〜50ページという始まってすぐに、主人公の男ターリクと謎の美女サバテアの情事シーンが官能小説かと見紛うほど叙情的に生々しく描かれる。なぜか図書館で普通の本棚ではなく、書庫に入れられていたわけがわかった。

まったくこんなエロいシーンは必要ない。前作の天空のニコロでもそうだったが作者のカイ・マイヤーは隙あらば関係を持たせて、そこでの繋がりを引っ張り続ける。本当に不快だ。本当にいらない。こんなシーンが何のギミックになるのだろうか。大人の浅はかなシーン強調のアイテムのために、せっかく面白い作品が18禁になってしまっては、もったいなさすぎる。書庫にしまわれて、誰の目にもつかない。アメリカのように、いっそのことカットするなり、想起しない別の表現に変える工夫が必要だと思う。

大人向けの本ではなく、児童文学の中で突然そんなシーンが出てくるのだから、いい歳の大人が読んでいても不快だった。なおさら、若い子が読んだら悶々としてしまうだろう。

ちなみにタイトルに嵐の王とあるが、最後にちらっと出てくるだけで、次回からの本格登場になる。なぜ一冊目でこのタイトルにしたのか不思議だ。アマリリスの眼とか、天井都市とかの方が良かったのでは。

表紙に描かれた男性はどうみても映画ハムナプトラのリック・オコーネルだ。内面のキャラにしろかなり似ている。

内容はかなりダークというか、ずっと緊張の糸が途切れることがない。次に何が起こるのか、物語のスピードについていくのに必死になる。ただ、展開的にいつものカイ・マイヤーっぽい部分があるので、どのように落とすのか見ものだ。またこのパターンか、と言うしかないのか、新しい進化を遂げたと言えるのか。まずは2巻目を読んでまた判断したい。

とりあえず、もしこの作品が気になったなら進撃の巨人が好き、ハムナプトラやアラビアンナイトのような世界観が好きな人には強くオススメできる。ただ最初に男女の交わりのシーンがあるので、そこはあらかじめご了承願いたい。

仮面の街

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なぜか千と千尋の神隠しを彷彿とさせる作品。

魔女のグラバは湯婆婆そっくりだし、ロウニーは千のようだ。仮面というものを物語のフックにしながらテンポ良く物語は進み、表現は難解で読み辛いけどサクサクと読み進んでしまう。

なかなか良作だと思う。本作の題材である仮面というと映画「マスク」を思い出す。人は皆、社会の中で見えない仮面をかぶり、TPOに合わせて自分を演じているという台詞が脳をよぎる。

ゴブリンの劇団に、街のどこかに生きているが見つけることのできない行方不明のロウニーの兄であるロウワンの探索、街に迫り来る洪水、先輩だがグラバを裏切るヴァスの想いなど、同時進行で様々なポイントが行き交う。

てんこ盛りだが、キレイに一本の線上に紡がれている。アメリカで教師をしていた作者ウィリアム・アレグザンダー初の長編デビュー作にしていきなり全米図書賞を獲得したのも頷ける。

初めてにしては出来過ぎなくらいストーリーが良く、特に世界観は抜群に素晴らしい。申し訳ないが、作者がアメリカ人だとは信じられない。まだこうした真面目なクラシックだが面白い作品をかける大人がアメリカにいたなんて、その事実だけでも実に信じ難く愉快だ。

作中のゴブリンは一体どんな存在なのか、どうしてゴブリンになったのか、不老不死なのか、色々気になる。

スピンオフとして「影なき者の歌」という作品もあるようなのでぜひ読んでみたいと思う。

足音がやってくる

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ニュージーランド出身の作者マーガレット・マーヒーの1982年に発売された初長編にして、イギリスのカーネギー賞を受賞した作品。

かなり昔の作品ということになるが、さすがといったところ。

隙がなく、子供がメインの作品だが、イライラさせられることもなく、大人でもなかなか楽しめた。

バーニーという少年が不気味でイカれた魔法使いの叔父に目をつけられ、どんどん彼のそば、自宅に近づいてくるストーカー的恐怖心を煽る演出がされている。

一応ミステリー作品であり、最後には色んな家族の謎が判明するシーンはベタな部分もありながらも目を丸くする事実もあり、非常に楽しかった。

昔の家庭、家族というのは、今とは違い、非常に固苦しく、規律の中で存在していたのかなと改めて思わさせられた。

勝手気ままな自由なタイプの人間は嫌われ、みんな心のどこかで羨ましく思いながらものけ者にされたのだろうか。

魔力を封印した結果、自分からなにも魅力や取り柄さえなくなったひいおばあさんのように、個性や生き方についてみんな誰の目を気にすることなく、咎められる必要なく、自由であるべきだと伝えているように感じた。

コール叔父の最後の牙の抜け方は腑抜けたというより、幼返りして可愛いという印象を受けた。現実ではあり得ないが、これも愛嬌だろう。

マディガンのファンタジア 下 未来への綱わたり

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作者マーガレット・マーヒーの本国であるニュージーランドではテレビドラマ化もされたという当作品。

まず読み終えた感想としては、なかなか面白かった。

オズの魔法使いに少し似た作品でもあった。ただ主人公の女の子であるガーランドの言動が理解不能で、ずっとイライラを紛らせながら読む羽目になるだろう。

母親マディとの関係から新リーダーのイーヴスとの関係、タイモンやリリス、ブーマー…なんでこんなに仲良くやれないか、思いやりがないのかと呆れてイライラさせられること間違いないはずだ。

ただ、それは物語にハマっている、期待している証拠でもある。ドラマや映画が映るテレビに向かって文句を言っているに等しい。キャラクターに魅力があることは認めざるをえない。日本でアニメやゲーム化してもいい作品になったかもしれない。

物語は面白いし、最後はテレビドラマ向きな感じに悪者がいい奴になって、悲しいけど前向きなハッピーエンドで終わる。

ハラハラもさせられる、冒険ものとしては設定も珍しく、良作と言えるのでないか。



アンランダン 下 ディーバとさかさま銃の大逆襲

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不思議な裏ロンドンでの少女の活躍を描いた作品の下巻。

まずは率直になかなか面白かった。とても面白かったわけではなく、なかなか面白かった。

外人特有のユーモアというかスカした感じが気持ち悪い部分もあったが、想像力の面で言うとかなり素晴らしいとも言える。

ルイスキャロルのアリスのオマージュと言えばそれまでだが、それでもしっかりこの分量をまとめるのには力が必要だ。

裏ロンドンの7つの秘宝を1つずつRPGのように集めていくというシーンで、中をすべて飛ばしていきなり7つ目のさかさま銃を取りに行くという流れは気持ち悪くて本当に寒気がした。

正直、いつの間にかザナに変わって主人公となったディーバの発言は、あまり考えられたものでなく、作者のチャイナ・ミエヴィルさんの思考にそった感じで、キャラクターとして生き生きしていたかというとそうではない。常に伏線を張り、回収するという作業に終始して、キャラクターを深く描けず、物語としての余裕がなかったのが残念だ。

その分、見た目にも強烈で分かりやすいキャラ付けに頼ったのかなという印象。

アリスとナルニア国と映画ドラえもんシリーズを足して割ったような作品。

作者のチャイナ・ミエヴィルにはイカれた才能はないが、頭が良く、プロデューサーとしては適した方な気がする。

歴史に残る作品でもないし、語られる作品でもない。ただ、久々に想像力を刺激してみたい方で、時間と忍耐がある人には読んでみてほしい。

マディガンのファンタジア 未来からのねがい 上

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5年前の2012年に76歳で亡くなられたマーガレット・マーヒーさんの作品。

世界崩壊後の世界を舞台に、サーカス団であるマディガンのファンタジアが旅し、目的を叶える様子を描いている。

ワクワクする設定であり、おばあちゃんである作者が書くだけあって、まったく浮つかないのも好感触。出来るなら、世界崩壊について、フィロソフィーやアイロニー、謎と真実など詰め込みたくなるものだか、今のところまったくそこには触れられない。

目的地は決まっているが、一章ごとにクセのある村や町に立ち寄り、そこで起きる厄介な出来事をクリアにして、また次の町に向けて出発するという、まるで水戸黄門ドラクエを見ているような作品だ。

物語の鍵を握る未来から来た3兄弟とその3人を捕まえようとする2人の大人。ただの牧歌的な物語ではなく、未来から来たこの5人+不思議な力を持つとされるペンダント、タリスマンが絡まることで、クラッシックな文体なのに、ハイブリッドな今時のヤングアダルト作品になっている。

そのバランス感はとても興味深い。次の下巻でどんな秘密が明かされ、未来が待つのか。この上巻は長いフリであることを切に願う。きっと期待していいだろう。




アンランダン ザナと傘飛び男の大冒険 上

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タイトルのアンランダンは、否定を表すアンにロンドンの正しい発音ランダンを合わせ、ロンドンではない、つまりもう一つのロンドンという意味を持っている。


感想から言うと、なかなか面白かった。どこか不思議の国のアリスを読んでいるような個性的なキャラクターが出てきて物語に花と不思議を添えてくれる。

ニューヨークタイムズハリー・ポッター以降もっとも想像力にあふれたヤングアダルト小説と称したのはあながち間違いではないと思う。

裏ロンドンに迷い込み、奇妙な世界だけどなぜか惹かれ、ほっとけなくてつい干渉したくなる感じは映画版のドラえもんを見ているようでもあった。むしろ、すぐドラえもんとして映画化できるくらいの脚本だ。

この本で面白いのは、主人公はJCであるザナだとばかり思っていたら、親友のディーバが後半の主人公に変わっていたことだ。こんな編成はあまり見たことがない。最初のび太くんが中心なのに、途中からスネ夫がメインに代わるという感じは新しく、斬新に感じた。

イングランド出身の作者チャイナ・ミエヴィルは相当ヤングアダルトを読み込んで研究してきたのだろう。名作のオマージュから過去のパターンからの脱却を懸命に努めている様子が見受けられる。

割と読み進めるのが辛く、その世界に入るまで時間のかかる作品が多い中、このアンランダンは確かに優秀な作品だと言える。あとは下巻でどんな大どんでん返しを起こせるかだ。

敵であるスモッグに対してどこまで哲学的に掘り下げられるのか、少女たちは何につき動かせれて、成長を遂げるのか。珍しく期待して下巻が借りられそうだ。




天空の少年ニコロ 3 龍とダイヤモンド

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ネタバレします。

天空の少年ニコロ三部作のラストを飾る締めの巻。読み終わった感想としては長かった。天空の村から始まり、中国を旅しながら龍を探し、ラストは世界を救うというどこかで見たような展開に。そう、これはカイ・マイヤーさんの前作である「海賊ジョリーの冒険」と同じオチなのだ。

言葉にも原初の混沌という前作のキーワードとも言える単語が今回も登場するし、最後は男の子と女の子が力を合わせてラスボスをやっつけて世界を救った。

面白いは面白いけど違うオチや話を見たかった。とりあえず、やはりキャラクターはとても魅力的だった。違和感がなく、ブレないし、徐々に魅力が増すように繊細に描かれていくのはさすがの一言。ただ、月姫だけは作者自身もどう扱っていいか分からなかったような気がする。どうも1人感情がブレるというか、はまっていない感じが最後まであった。それはきっと逆に最初からキャラクターを意識し過ぎたせいだろう。中国のいわゆる仙女をトレースしすぎたせいで、その枠から抜け抱けず、ドイツ人であるカイ・マイヤーさんからしたら崩せなくなった可能性がある。他のキャラは架空の要素が大きかったので自由に動き回れたのに対し、月姫だけはつまらない感じだった。

一キャラクターだし、なにをそんなに責めるのかと思われるかもしれないが、もちろん理由はある。それはニコロと呪いによって愛に落ちるという重要なファクターを握り続けたからだ。1巻からのこの要素がまさか3巻までひっぱられ、最後はあっけなく終わった。さっさと月姫を殺すなり、真実の愛として叶ったりすればいいのに、長々と性描写を想像されるシーンまで交えながらズルズル進む。本当に気持ち悪い。実に不快だ。セフレみたいな感じだった。

童貞くんが綺麗なお姉さんと魔法の力で両思いになり、初めてエッチして舞い上がり、魔法が解けるのを必死で認めない感じで3巻が終わった。その間に龍が出てきて、巨人が出てきて、盤古エーテルに支配されて、世界が救われた。

もうこんな作品は2度と書いてくれるなとミザリー的に作者を監禁して説教したい気分だ。

もちろんそれは冗談だか、個人的には魅力的な世界観に、良いキャラクターを作れていただけにストーリーがさらに伴っていれば文句なく最高の作品になれたのにと残念でならない。

ただ、最後の難しい世界の終末や混沌とした地獄のような戦場を描いたシーンはさすがに素晴らしかった。荒削りながらも全ての伏線も基本的には回収したし、同時進行にいくつものストーリーを進める手腕は賞賛されるべき。

ニコロは多少エヴァのシンジ君的な部分もあったように思う。基本的にヤングアダルト作品は、思春期の葛藤から成長を描きたがる。ただ、個人的にはそういうあからさまなのはもう求めていない。

また、今回の作品で興味深かったのは、1巻以降、普通の村人が一切登場しなかったことだ。ずっと名前のあるキャラクターたちだけで話が進んでいった。1巻目にはあったニコロと普通の民の会話や龍の居場所を探る様子なんかはとても物語をリアルなものに感じさせてくれたし、ハラハラもした。もっと一般人も巻き込みながら展開できればより奥深い物語になったのではないだろうか。

それにしても最後あっけなかった。ラスボスである盤古は世界を滅ぼす天地創造主だったはずが、何の意思も感じられない大きめの巨人でしかなかった。また、心臓が体の割に小さすぎるのには呆れるよりも笑った。本当にあれが最適だったのか疑問しかない。ゲームのFF6みたいに1度世界を崩壊させて、そこから盤古を倒して世界を救うという展開や、24的に世界崩壊まであと残り3時間とかそういう軸の中で展開させても面白かったんじゃないだろうか。

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フェイキンのキャラクターは最後まで呪いが解けなかった、いや本人の意思で解くのをやめたのだろう。最後、小道を登るときにつまずき、罵しる声が聞こえたのは、以前と変わらず動きづらい着ぐるみ姿だったからに違いない。

アルテミス・ファウル 北極の事件簿

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ネタバレあります。

まず最初に、こちらは1巻かと思って間違えて借りてしまった。読みながらなんか知らない言葉がどんどんでてくるなと思っていたらまさか2巻だったとは。表紙にナンバリングがあるのかないのか分かりづらく、最後の広告欄で1巻だと確認したはずだったのに失態。

もちろん、1巻を読んでなくても状況は理解できるし、むしろもう1巻でどんな出来事が起こったかさえも知ってしまった。

そして、そろそろこの本の感想を結論から言おう。合わなかった。むしろあまり好きじゃないかも。

思ったよりも子供向きだと感じた。読むまでのイメージは割と大人向きで、中身も難しい言葉が多いにも関わらず、キャラクターの言動がいちいち鼻につくほど大げさで、どんどん嫌いになってしまった。

特にルート司令官の言動はありえない。サウスパークを見てるのかと思うほど、いちいち大げさでわざとらしい。

しかも見なければ良かったと後悔したのが、裏表紙をめくった最後のページに堂々とプリントされた著者のポートレート。たまたま読んでいる途中で目に入った瞬間、ミスタービーンみたい!って思ってしまい、それからもう内容のつまらなさと相まってどんどん腹が立ってしまった。

人を楽します、驚かすのが好きそうな好奇心に満ちた作者オーエン・コルファーさんのどう?面白いだろ?って目が、私の中のハードルを上げ続けてしまった。

答えは面白くないだ。もちろん大人が読むにはという意味で。子供なら楽しめるだろう。このブログのタイトル通り、子供向けだろうが大人が読んでも楽しめて、学ぶことを見つけるのが目的である。

主人公のアルテミスは中学生?ながら天才犯罪者であり、バトラーという屈強で従順な執事を率いている。この2人の関係性やキャラクターは当初とても魅力的に感じたが、思ったほどではなかった。まず、アルテミスが全然天才じゃない。もっとコナンくんばりに頭脳明晰かと思っていたら普通に少しだけ大人びた中学生だった。全く活躍しない。最高のヒントももたらさない。設定が嘘になってしまった。前回はすごく頭脳を使って活躍したようだが、今回は出番がなかったようで残念だった。

正直、読んでいるうちに、勝手にアルテミスとバトラーを黒執事のセバスチャンとシエルとして脳内変換して動かしていた。まあだから思い通りにならず、これほどまでに失望させられたのかもしれないが。

特に不満なのが、最初、アルテミスの父親が難破して誘拐されてしまい、身代金を要求するロシアマフィアとどう戦うかって話だったから面白そうと思ったのに、実際はその部分は最後にちょちょっとしか描かれない。しかも、あっさり解決して、父親と息子の愛情なんかも皆無だった。父親をアルテミスは何が何でも助けたいという当初の設定が崩れていた。大部分は地下世界の反乱が描かれて、さほどハラハラもせず、裏切りによりドンデン返しにこだわった作者の意図が見え見えで興ざめしてしまった。

イギリスの作品はジョナサン・ストラウドさんを通して出来がいいと思い込んでいたのも災いしたのかも。ただ、一つ、この評価が私だけの厳しいものでないことをお伝えもしたい。

すでに本国イギリスでは8巻+外伝3冊が出版社されている。しかし、日本では5巻までしか訳されておらず、すでに時間の経過から見て今後発売されることもないだろう。これが何を意味するか当然わかると思う。面白くなくて、翻訳しても売れないから出版社も意気揚々と権利を買って日本で発売してきたが途中で放棄したのだ。

まあ他の巻を読んでないから詳しくは説明も確認のしようもないが、遠からず日本の読者にこれ以上求められてないということは事実だろう。

勇者の谷

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バーティミアスシリーズでおなじみのジョナサン・ストラウドの2009年に日本で発売された作品。

短いあとがきまで含めて587ページもある超大作。とにかく長い。物語に入り込むまでずいぶん時間がかかった分、読み終えるまでにかなりの時間を要した。

結果的に面白かったが、その面白さに見合う時間なのかどうかはわからない。

とにかく主人公のハリが全然好きになれない。ただのイラつく田舎者のガキでまったく共感できない。これはこのページ数を読むうえで最大の難関だ。さらに後半に入るまでまったく面白くない。本当に何なんだこれって思うだろう。きっと最後まで読める人はかなりの変わり者か暇人だろう。

もともと恋愛が入った物語が嫌いなので、アウドが出てきてからは嫌な予感しかしなかった。醜いハリと美しいアウド…美女と野獣といった構図は1番見たくなかったが、まあ見ずには済んだので良かった。最後に少し暗示されてはいるが…。

最近の作品の中ではかなり異色の本だと思う。逆に言えばどストレートな王道の物語らしい物語なんて近年書かれていなかったんじゃないだろうか。だからあえて作者は書きたかったのかもしれない。

ラストのトローの正体が先祖のゾンビだったという部分は、ジョナサンらしいパンチの効いた大オチだったし、とても皮肉が込められている。

古い習慣や生活に対する信仰にも近い保守的な部分に対し、縛り付けられていることに気付けと、どこにも行ける自由があるのになぜ行動できないんだという想いが込められていたように思う。

イギリスだけでなく、日本にも当てはまるだろう。田舎で育ったものは、東京や大都市に出てくることはおろか、海外に出て暮らすなんて発想すらない。地方の田舎は、思っているよりずっと保守的で、諦めにも近いものがある。そこで生まれ育ったものに求められるのは何だろう。本当に生まれた瞬間から退屈な人生を受け入れるだけしかないのか。都会でも同じだ。これは田舎がダメで都会に行けと言っているわけではない。まだ見ぬ世界への憧れや興味を行動に起こすための答えである。

閉ざされた世界の中での幸せもある。それを心の底から求めている人もいる。
今回の勇者の谷に近いのはムーミン谷かもしれない。
ムーミン谷はそれでも幸せそうに描かれる。毎年訪れる季節を細やかに迎え入れ、日々を過ごす。その中にスナフキンがいた。スナフキンはいつも旅をして面白い話をムーミンに聞かせる。だけど勇者の谷は違う。谷の外へは出られない。出られないことになっているから。そんな中でも必ず外に出ようとするものが現れる。それは閉ざされているからこそ、反発するものが出てくるのか、必然なのかわからない。秩序があれば、それに逆らうものが生まれることが自然の摂理なのかもしれない。

ジョナサンは昔話に自身のエッセンスを取り入れた実験的な作品をかいた。それがこの勇者の谷だ。オールドスクールを今やってのけた感じだ。




天空の少年ニコロ 2 呪われた月姫

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2巻になって一気にスピードアップ。もはやドラゴンボールみたいになってる。ラストの龍の門なんかは頭の中でシェンロンが思い浮かんでたし。

月姫がいることで逆に物語が狭まっているような気がする。物語に恋愛や愛がはいるとロクなことにならないから、今回も入れるべきではなかったと思う。ニコロと月姫のことばかりにフォーカスが当たるのでせっかくのワクワクする設定が薄れてしまっている。

あと不老不死である仙人が弱すぎる。すぐ死ぬし、読んでいてストレスが溜まる。あと1巻で終わるわけだが、とにかく望むことは月姫が早く死ぬこと。もしくは助けるなら月姫エーテル側からこちら側の味方になること。

また気になるのは、引き続きフェイキンの正体だろう。

本当にこのニコロシリーズも前回のジョリーシリーズもそうだか、なぜこんなに主人公の男子がクズなのか。カイ・マイヤーさんは思春期の男子に何か勘違いをしているし、トラウマでもあるのかと疑ってしまう。

主人公の男子の心が弱すぎて、読んでいてこちらも病んでしまう。ガンダム的な感じ。ここから最後に向かってその弱かった主人公が勇気をみて、弱さを乗り越えるところを見せることで読書にカタルシスを味合わそうとしてるならもうやめて欲しい。大半の読書はカタルシスを味わう前にとっくに離脱してしまっているだろうから。

盗まれたコカコーラ伝説

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ヤングアダルトって言葉に相応しい一冊。いささか表現力は乏しい部分もあったけど、おやつ感覚で楽しめました。


対象は中学生くらいかな。見た目では小学生向けだと思うでしょうが、意外と内容は難しとこもあるので、きちんと理解して読むとなると中学生からかなと。

コカコーラのレシピを唯一知っているコカコーラ社の重役3人が相次いで誘拐され、コカコーラがこの世から消える危機に。そこで絶対味覚の持ち主である主人公の少年とその友達が活躍するというストーリー。なかなか子供っぽいけど面白そうですよね。

作者はニュージーランドの方。なので舞台はニュージーランドからスタート。その後、コカコーラの危機を救うために舞台はアメリカへと移ります。

基本、コカコーラにまつわる豆知識を柱に、肉付けする形でイメージを膨らませ構成が行われています。頭で考えられている分、展開が読めやすいのが少し残念。

ただ勇気だったり、友情、子供が本来なら関わることのない大人社会と密に関わりながら成長していく様はとても健康的であり、中学生くらいのときに読んでいればもう少し私も立派な大人になってたかもと顧みる作品でした。

頭脳戦ではなく戦いの場面が多いのも子供を飽きさせないための配慮でしょう。適切に散りばめられ、作者の頭の良さが常に漂います。

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とりあえず、1番気になったのが、描かれる登場人物たちのイラストが全く内容にあってないこと。読んでいる限り、主人公の少年フィザーや親友ツパイの絵は絶対これじゃない。本当に酷い。これじゃ普通の大人は絶対に手に取らないでしょう。おっと本を手に取っても、おっとと棚にしまってしまうこと間違いなし。幼稚で、ニュージーランドの白人の子が日本人のイケメン顔になってるってあり得ないでしょう。百歩譲ってツパイは中国系ということでアジアっぽくてもいいけどこんなポケモンのたけしみたいなイメージでは読む限りありませんでした。

まあきっと出版社側が妙な気を利かせたのでしょうが、さすがに考えなしすぎますね。決してローカライズ作業を否定しているわけではありません。ただ、よくある失敗として、合わせすぎた結果別物になって本来の良い雰囲気が失われたということです。

この本は登場人物を子供からシャーロックホームズ的な大人の探偵に変えれば、そのまま大人向けの上質なミステリー小説にすることも編集次第で可能だと思います。ハリウッドで映画化すれば結構ヒットするはず。そのくらい面白い内容だっただけに、イラストという余計な味付けが足を引っ張る本当に悔やまれる一冊でした。

天空の少年ニコロ 消えた龍王の謎

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お馴染みドイツのカイ・マイヤーさんの2010年頃に出した作品。


相変わらず広い世界観。ダークさとファンタジー、歴史や文化を交えながら答えに向かって物語が展開されます

舞台は中国。ファンタジーの舞台になるのはとても珍しいですよね。ムーラン的な感じで選んだんでしょうか。これまでカイ・マイヤー作品を読んできた身としては新鮮で、いや最初は少し拒絶反応さえ示しましたが、読み進めるうちに全然慣れましたね。舞台や背景こそ中国であるけど、結局そこから唯一無二の世界観ですべてを包んでしまっているから。

さながら同じドイツのミヒャエル・エンデさんのはてしない物語に出てくるファンタジーエン国のよう。存在しそうで存在し得ない風景や出来事が次々と起こります。

龍の吐く息がエーテルという名のラスボスだという突拍子のない明かされた事実。魔法やドラゴン?それはヨーロッパ的な考えなのでしょう。ここでは仙術や龍に取って代わります。
そして、作者が得意とする二つの物語が同時進行します。海賊ジョリーの冒険でも海底をいくムンクとジョリー編、地上で戦うエレニウム編が同時に進行し、その時間軸がどのように重なっているのかドキドキワクワクしながら考える楽しみがありました。今回も天空の街編と地上で冒険するニコロチームが交互に描かれ、もどかしくもどんどん真相に迫っていくカタルシスがあります。カイ・マイヤーさんは本当にテンポよく物語を展開させます。そこには翻訳する遠山明子さんの力添えも大きいことは明白です。
神々の台詞は哲学的で、ややもすれば理解できないため読むのをやめてしまう気もしますが、そこは理解できなくていいのです。登場人物たちも理解できず、混乱しながらも前に進むしかないから。読んでいる人も本の中の登場人物も同時に学びながら先に進むので、ダレることがありません。そうやって常に核となる秘密を明かしながらもまだまだ謎を残し、むしろ謎が増えていく様子は流石の一言。知れば知るほど謎が増えるって感覚は本当に好奇心を刺激するし、早く答えを知りたくてページをめくる手が止まりません。

中国が舞台ということで、恐ろしく強力な敵として満州族が出てきます。たしかに私自身、中国で出会った満州の人たちは身体も大きく強そうでしたが、心優しいイメージだったので、今回敵役になってることに驚きました。しかも、もののけ姫ばりのシャーマンやるろうに剣心ばりの蓮爪というアホほど強いボスキャラが出てきたり…恐ろしくも魅力的なキャラクターがしっかり物語を支えてます。

龍に呪いをかけられて自身に関する記憶を消され、龍の着ぐるみを脱げなくなったフェイキン。妙に博識な様子から間違いなく、物語の鍵を握っているとみていいでしょう。一体正体は何者なんでしょう。仙人?本物の龍?なんか前の海賊ジョリーの冒険のときのフナクイムシみたいですね。前はフナクイムシが繭になり翼竜となりましたが、今回もピンチの瞬間に真の姿となって皆を助けるのでしょうか。早く2巻を読みたいですね。

また天空の街を作り上げた霊気エーテルポンプの仕組みにも秘密が隠されてる気がします。仙人ですらその存在を知らなかったという天空の街。そんな神業を謎の技術をもってして実現させたレオナルドとは一体何者なのか。なぜそんなことが必要だったのか。龍との密な関係がきっと隠されているのでしょう。さながらノアの箱舟のようでもありますからね。

しかし、カイ・マイヤーさんはホント三角関係好きだなあ。前回もそうで、まんまとヒヤヒヤさせられました。今回もそう。もはやニコロは恋愛のためなら天空の民すらどうでもいいし、他のことなんて全て投げ打ってもいいとすら思っています。しかも、その流れの作り方が上手い。運命にも似た逃れられない呪いのような恋心。この先、どうなるか楽しみですね。

西洋のドラゴンと中国の龍って同じものを指すはずだけど、実はまったく違うような気がします。中国で龍は神であり、尊敬するもの。西洋のドラゴンは悪者で正義に退治されるものだったり…。魔法と仙術、仙人と魔法使い、モンスターと化け物、剣士とナイト…同じ言葉でも指ししめす先には西洋と東洋では存在や意味も変わってきます。そうしたことに気づいているからカイ・マイヤーさんは常に舞台を大きく変えながらもブレずにファンタジーが描けているんだと思います。
こちらも海賊ジョリーの冒険同様、全三部作となっています。作者は割と長編になればなるほどペンがのるタイプなので、恐らく次の2巻は爆発的に面白いはず!起承転結の起承が一巻で、次は転の番だから。

氷の心臓

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ネタバレします。読みたくない人はお引き取りください。


2008年に日本で出版されたドイツのカイ・マイヤーさんの本。一気に読み終えたので感想を残しときます。

世をでない人のために簡単に説明するとジブリのアニメ映画「ハウルの動く城」みたいな感じでした。全然違うけどざっくりあってるかなと。

氷の心臓を奪われた雪の女王が、奪った魔法使いを追ってモスクワにきて、2人は同じホテルに滞在する。そこで生まれてからずっとそこで働いている少女がどっちの言葉にも揺れながら物語が進んでいきます。

今までも内容盛り盛りな作風でしたが、こちらも例に漏れず盛り盛りでした。舞台はロシア。しかも冬の極寒ホテル。ワクワクする設定でしたが、なぜか生かし切れなかった感あり。

カイマイヤーさんの作風として、あまり人物をイキイキと魅力的に見せることより、風景や情景を細かく描き、外堀を埋めることに注力します。今回は主人公の女の子マウスが、どういう子で、きっとこういう場面ならこうするだろうと、もっと魅力的にじっくり積み上げていく必要がありました。マウスは男の子みたいで、何でか嫌われてて、盗みをするし、嘘もつくしで、普通に考えてあまり応援したくないというか、世界を救うのは君じゃない感があります。

というかどういう子なのか最後までわからなかった。

前回の海賊ジョリーの冒険がめちゃくちゃ面白かった分、残念でなりません。

雪の女王と魔法使いタムシンの戦闘シーンは見えないとこで起きて終わってて、その後突然かけつけたタムシンの兄弟が逃げる雪の女王と戦う場面も一切描かれなかったのはさすがに酷いというか逃げたと捉えられても仕方ないと思います。

ハングマンももったいない使い方でしたね。実は無政府主義者レジスタンスだったというオチは最初から決めてたはずなのに、イマイチ生かし切れなかった。あっさり何もどこにも影響を及ぼさずにタムシンに殺られるなら特に必要なかったと思いますね。せめてマウスと最後は向き合って、自らの口で全てを明かし、マウスを抱きしてから死ぬとかじゃないと、何のために不気味でイヤな嫌われ役をやらされてたのか分かりませんよね。

ククシュカ1人いれば、実はスパイなんですってどんでん返しは十分だったかな。

少ない登場人物ほぼ全員がどんでん返しをもっているってのがバランス的にあり得ないよな、つまり非現実的に写り、没入感を削がれた感じがします。

狭い閉ざされた世界から内側と外側を破り、マウスが自らの意思で新たな世界に飛び込む。それが全てでこの物語は描かれています。

閉ざされた世界がホテル・オーロラ。内面打ち破るシーンはタムシンのシルクハットから氷の心臓を取り出す際に打ち破った7つの門の魔法。

氷の女王に魔法使いのタムシン、無政府主義者と皇帝、マウスとエルレン…とにかく善と悪がはっきりしない、させない?物語でした。

惜しいなー。もったいない一冊でしたね。キャラが勝手に動くくらい、しっかりと人間味を描かれなかったのは今回カイマイヤーさんの力不足ですね。

前回のカリブや海、深海と違い、雪に覆われたモスクワを描写するには表現力にも限界があり、言葉にしても読者がどこまで違いを見出し、想像できたのか。疑問が残ります。

冒頭の雪の女王の城の描写とその後の雰囲気が違いすぎるので、冒頭を読んで期待して読み進めた身としてはスカされた感じです。

恐らく、作者的にも思い描いていた7割くらいの出来なのではないでしょうか。きっと上・下巻で分けていればちょうど良かったのかも。

ただ表現力は流石ですの一言。圧倒的な場面描写はカイマイヤーさんのファンなら読んで損はないです。この仄暗く、雨に濡れたような冷たさを醸せるのはカイマイヤーさんならではですから。


海賊ジョリーの冒険 3部作

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海賊ジョリーの冒険 3部作
ついに読み終えました。

今の感想は、ほっと胸をなでおろしているところです。最初の1巻目を読み始めた時にはこんなに大きな話になるとは思わなかったし、こんなにハラハラドキドキされられるとも思っていませんでした。

正直、最後はもう海賊ジョリーの冒険ってタイトルに合ってないです。

海賊感があったのは最初の1巻目くらいで、その後のエレニウム辺りからはミズスマシの力と運命、世界を救えるかというビッグな話にずっとフォーカスされていたので、誰もジョリーのことを海賊として見てなかったし読者も忘れていたはずでしょう。

むしろタイトルで相当損している図書だと強く思いました。

なんでこんな子供っぽいタイトルになってしまったのか。30代である私なんかからすると、いい歳したおっさんが海賊ジョリーの冒険という本を手に取るのは多少勇気がいります。

ガンバの冒険とか、トムソーヤの冒険とか海賊、冒険って子供が好きそうな単純なワードに、ジョリーっていう女の子の名前って本当にターゲット間違えすぎてます。

いや、もしかしたらターゲットはもともと中学生向けになっていたのかも。それはそれで問題で、実際小、中学生が読むには難しい内容だと思います。せめて高校生以上からじゃないと想像力が追いつかないかもしれません。

こんなにも想像力豊かで、人との関係性や心理戦、戦術、謎解き、恐ろしくも心を惹きつける深海での光景…日本人には絶対に描けないようなセンスと発想で練りこまれた内容だからです。

ひょっこりひょうたん島的なかわいい感じじゃなく、映画パイレーツオブカリビアンのあのダークさをもった、ラムの酒臭い息遣いが常に漂う作品でした。

作者のカイ・マイヤーさんはパイレーツオブカリビアンを参考にしているか、もしくは映画からインスピレーションを受けているかもしれませんね。

展開全てが脳内で映像化しながら読めて、不思議と本を読み終えたのに、1本の大作映画を見終えたような感覚です。この作品は映画化したらとんでもない名作になるポテンシャルを秘めてます。

悪役として登場する人食い族の王である海賊タイロンがエレニウム津波が押し寄せて死んだと思っていたら、ウォーカーやソールダッドの前に現れて戦うシーンなんかはハリウッド的なベタ展開ですが、逆にあまり児童書では見なかった演出な気がします。

またグリフィンが最後にマールシュトロームの大渦のもとにエイに乗って行き、渦の消滅後に水面を歩くムンクを見つける場面なんかも視覚を意識した演出だったと思います。

最後にアイナはどうなったか気になりますね。またクライマックスでのマールシュトローム内部にいたマーレ・テレブロズム(暗黒の海)からの怪物が何だったのかなど謎も多いです。

大鯨のジャスコニウスに飲み込まれたクラバウターの主で、クラゲと同化した2人目のミズスマシの少年は結構あっけなく死にすぎな気がしますし、物語のキッカケとなったバロンたちへの毒蜘蛛の罠、そしてタイロン側への寝返りの理由などもう少し描かれても良かったかなと…

海底でアイナがジョリーをクラバウターの巣に閉じ込めた理由もイマイチ曖昧だし、クラバウターの母はあそこから出られたのか、犬の頭を持つブエナベントゥーレは何者なのか、木食い虫はエレニウムのもつ不思議な力があったからこそ蛇神になったのか、そもそも初めて会った時にウォーカーたちが木食い虫だとすぐ気づいたということはよくいる存在なのか、普通ならサナギの後どうなっていたのか、蛇神になっても実はまだ変態の途中とされていたけど完全体はどんな姿なのか…など色々気になります。

原初の父も結局死に損でしたしね。死ぬ意味まったくなかった…自分の作った世界が壊れるのを見たくないと言って死んだけど、エレニウムの神々を復活させる前にムンクとジョリーがミッションを成功させて世界の危機を退けてしまいましたからね。

あと30分待っていたら死ぬという選択を取らずに済んだのに…

ただ、世界を救う物語はたくさんあるだろうけど、決して大きな国同士が争う必要はなく、カリブ海という小さなフィールドでも想像力を巡らせればそのようなテーマが成立するんだととても感心させられました。

もちろん、エレニウムという魔法がつまったとんでもない場所にいくことで、これまでの実際の世界とは違う、一気に大きな物語が展開でき、信憑性も違和感なく持たせ続けれたんだと思いますが。

ミズスマシという水面を歩けるという特殊能力で、最初はこれがどんなことに適用でき、どんな形で海賊として物語が進むんだろうとワクワクしていたら、実際水面を歩けることで活躍する場面はあまりなく、なんなら後半は水中で息ができて目も効くというどんでん返しの能力がメインでした。

けどミズスマシってワードは最高に素敵な和訳だったと思います。本場のドイツではなんて言葉だったんでしょうね。

ミズスマシってのはもちろん水中にいる虫の名前です。つまり最初からジョリーやムンクが水中に適応できることが暗示されていたということです。だって、ただ水面を歩くだけならアメンボと呼んだ方がふさわしいですからね。

ちなみにドイツではベストセラーになったそうで、なのに日本ではなんでこんなにも売れてないのか不思議です。

きっとタイトルのせいでしょうね。もったいない。

ミズスマシが操れる貝の魔法はキーワードながら最後までよくわからずじまいでしたが、ムンクとジョリーの関係性はずっとハラハラさせられ、作者の掌の上で転がされましたね。

グリフィンは嫌いでしたね〜チャラついたウザいこいつさえいなければ、もっと事がスムーズに進むし、ジョリーとムンクがミッションに集中できるのにと…。

まんまと作者の思う壺でしょうが、早く死なないかなと思っていました。ただ、最後の方には男気溢れるキャラに成長したのでジョリーとの仲も認めざるを得ませんでしたが。

あと、この本にはドラえもんのび太の海底鬼岩城の要素もあったと思います。海底でのクラバウターとの緊迫した雰囲気なんか近いような。

本当に心が出来上がってないとトラウマになるくらいのダークな世界観です。

人間が持つ水への恐怖心。これは原始時代より体温を奪われて死なないようにという人類の本能からきていているものでもあります。

さらに足のつかない、底の見えない海の底への恐怖心。冷たい海に大きな未知の生物が潜んでいて、引きづり込まれるんじゃないかという想像を巧みに利用し、全体的にずっと妙なリアリティがありました。

夜の海に好んで入る人を知っていますか?誰も禁止されたわけじゃなくても夜の海に入ってはいけない、危険だと本能的に知っています。

ジョリーとムンクは最後、その夜の海の底をずっと進むことになります。その恐怖心は計り知れないでしょう。

ストーリーや登場人物は嘘だとわかっているんだけど、そこに描かれている恐怖心は本物と全く同じ。

だからずっとドキドキして海底にいるように冷たく息苦しいんです。

夜、寝る前に読んでいると、暗さからの恐怖と冬の寒さで、本当に体が冷たくなるので日中に温かい部屋で読むことをオススメします。

ただ、もしホラー映画を部屋をあえて暗くして見たいというタイプの人なら、雨の日の夜に読むとより臨場感が味わえ、この本の魅力を最大限楽しみことができるでしょう。

これまで児童文学が好きで、20年以上色んな本を読んできましたが、これは本当に自信を持ってオススメしたい一冊です。

作者カイ・マイヤーさんのダークさと想像力がここまでハマった作品は他にはないと思います。ドキドキワクワク…そんなベタなフレーズが本当にぴったりな作品です。三部作なのでたっぷり楽しめ、尻つぼみせず面白さは加速します。面白さは約束します。

騙されたと思って是非大人の方、読んでもらいたいです。